伊奴神社の御由緒

伊奴神社の歴史・ご祭神

当神社は第40代天武天皇の御代(西暦673年)、この地で取れた稲を皇室に献上した際に建立されたものと伝えられております。

『延喜式』に「尾張国山田郡伊奴神社」と記載される式内社で、また「本国帳」(尾張国の神社名簿)には「従三位伊奴天神」と記載されており、1330年余りの歴史を持つこの地方でも有数の古社であります。

伊奴神社のご祭神

素盞鳴尊(すさのおのみこと)

御神徳:厄除・家内安全
素盞鳴尊は伊弉諾神(いざなぎのかみ)の御子で、天照大御神のご弟神であり、
出雲地方を治められ産業発展、商売繁盛、病気平癒等の霊験あらたかな神様であります

大年神(おおとしのかみ)

御神徳:五穀豊穣・事業繁栄
大年神は素盞鳴尊の御子であり、特に農業の守護神とされます。因みに「年」とは稲のことです。

伊奴姫神(いぬひめのかみ)

御神徳:安産・子授け・子供の生育
伊奴姫神は大年神の御妃で、子授け、安産、夫婦円満、家内安全等に大きな御神徳をお授けくださる神様であり、当神社の社名由来となっております。

■末社
玉主稲荷大神(たまぬしいなりおおかみ) 大山咋神(おおやまくいのかみ) 
武甕槌神(たけみかづちのかみ) 高おかみ神(たかおかみのかみ)
菅原道真公(天神様)

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犬石像の由来

当神社には創建にまつわる次のような伝説があります。
名古屋市の民話資料集の中に伊奴神社の犬にまつわる話が記載されております。
今でもこの辺りは稲生町、又穂町という地名が残り、
昔は庄内川の豊富な水を使って大変稲作が盛んであったところと言われております。

ある日、山伏が旅の途中で伊奴村(現稲生町)に泊まった時のこと。
村人から洪水で困っているという話を聞き、
山伏は泊めてもらったお礼に御幣を立てお祈りをしてくれた。するとその年は洪水もなく豊作であった。

不思議に思った村人は、山伏から開けてはいけないと言われていた御幣をあけてしまった。
するとその中には一匹の犬の絵と犬の王という文字が書いてあった。
そして中身を見てしまった(ご利益がなくなる)ので次の年はまた洪水に見舞われた。

再び山伏が村を訪れたので御幣を開けてしまった事を謝り、もう一度お祈りして欲しいと頼んだところ、山伏は「御幣を埋め、社を建て祀れ」と言って立去った。
言われたとおりにしたところ、以後洪水はなくなり稲がよく穫れるようになった。

それが伊奴神社の始まりであると伝えられ、以後災難厄除けの神様として崇められてきました。
ご祭神、伊奴姫神さまは安産、子授けに大きなご神徳を頂ける神様であり、犬は安産する(お産が軽い)ことから、犬の石像が奉献されております。

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